一日だけの世界一?(前編)
98年10月、電動士はTAMIYA主催のワールドチャンピオン決定戦に出場し、「大変な思い」をして帰ってきました。

ご存知タミヤグランプリの最高峰が年一回のワールドチャンピオン決定戦です。

@「サンヨーTAMIYAワールドチャンピオン決定戦」とは?
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全国各地の予選を通った国内選手と、アジア、ヨーロッパ、全米選手権のチャンピオンが、TAMIYA本社のある静岡に招待されて世界一を決める大会です。この年は掛川で行われました。

A「クラスは?」
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この年のクラスは以下の4つ、
・ツーリングN1 
・ミニスポーツ 
・F−1
・ツーリングGT1

 私は8月の新潟予選、ミニスポーツクラスで優勝したため、静岡に招待(交通費補助や、一泊分の宿泊費が出ます)されることになりました。

B大会スケジュールは?
10月30日(金曜日)……公式練習
 丸一日が公式練習日となります。参加は自由ですが、何度も走って調子を整えることができるので、大多数の人が参加します。

10月31日(土曜日)……公式練習と予選2ヒート
 午前中にさらに練習ができます。午後からは2回の予選が行われます。予選の方法は実際のF−1と同じで、限られた時間の中でどれだけ早く一周回れるかに挑戦します。 

11月1日(日曜日)……予算最終ヒートと決勝
 決勝は3回あり、成績の良い2回のポイントで判断されます。

 
では時間を追って、出来事を記録して行きましょう。タミヤグランプリを目指すあなたにもきっと役に立つ情報があるはず・・・。
 初 日
移動で精力を使い果たし・・・
木曜夜〜金曜朝にかけ私達(他のクラスの代表選手 丸山保君、及び応援者加藤純一君の計3人)は移動しました。乗っていったのは二人の勤める会社が "バブリーなときに" 買ったという、自重4トンのFORDキャンピングカーです。トイレ、シャワー、冷凍冷蔵庫、そして電子レンジまである豪華な車ですが、
  ○左ハンドル
  ○リッター3kmの「高」燃費
  ○ハンドルがよれる

というとんでもなく運転しにくい車でした。私は一度箱根の下道でセンターラインのポールを吹っ飛ばしてしまいました。トンネルでトラックとすれ違うときは生きた心地がしません。
公式練習は今一つ
公式練習は金曜朝9時からスタート。作業机の場所はすでに指定されており、他の選手に挨拶してから準備開始。30分単位で自分の練習の番が回ってくる忙しさです。走ってはタイヤやダンパーを変え、こつこつとセッティングをして行きます。

最初はスペアカーで走っていましたが、微妙にクセが違うのと、コースが比較的に安全で、ひどいクラッシュをしそうな場所がないことから、すぐ本番カーに変更。
しかしうまく行かない。どうしても良く走りません。何となく納得しないうちに夕方となりました。 時間も来たのでホテルに行くこととしました。

その夜の大事件・・ 何! 自宅に車が突っ込んだ?
その夜は疲れていることもあって、タイヤだけ組んだら早く寝ようと10時には床につきました。しかし家からとんでもない電話がかかってきて、たたき起こされました!
奥さん   「あのね、ついさっきそこの交差点で事故があって車が家につっこんだのよ。幸い怪我人はいないんだけど。近所の人が大勢出てきて、今家の回りが大騒ぎになってるの。」
私   「交差点と家とは離れているだろう。どうして家にぶつかるのさ。」
奥さん   「ぶつけられた車はくるっと回って止まったんだけどね。ドライバーが気が動転していたらしく、またアクセル踏んでバックでぶつかったみたい。それでね、壁とお風呂が壊れたのよ。

近所の人に”こんな大事なときに旦那さんはどうした!”って言われたんだけど、まさかラジコン大会に行ってますとも言えないんで、”日曜いっぱいまで出張で……”ってことにしてあるの。

あなた、明日帰って来れない?」

私   「う……、そりゃ無理だ。足もないし。 直してもらえばいいんだろ。とにかく俺は眠い。何とかうまくやってくれよ。」

 

その時の私の頭は、すっかりラジコンモードなっていたようだ。「壁が壊れた?・・・部品交換すればいいじゃん。」「シャーシ(基礎)までは行ってないなら、また新品さ。

だが、当事者の奥さんには大変なことだった。何しろ一ヶ月前に新築した家なのだから。